新年の縁起物|大福茶(おおふくちゃ)

投稿者九州茶々編集部 on

村上天皇の時代、京の町に疫病が流行りました。そこで、民衆に人気のあった空也上人が梅干・昆布とともに庶民に茶を振舞って疫病よけとし民衆を助けたそうです。

これが歴史的事実であるかどうかは不明ですが、現在も正月の若水を沸かして淹した茶に梅干しを入れることや、節分の夜、茶に豆を入れて飲む地方がありそれらは縁起物として「福茶」や「皇(王)服茶=天皇が飲むお茶)」と呼ばれるようになりました。

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歴史

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「岡倉天心『茶の本』を読む」はどんな本?お茶から東洋の美が学べる?

By 九州茶々編集部

お茶関連の書籍には岡倉天心の「茶の本」があります。茶の本は1906年に出版された本で、お茶を嗜む人の間ではメジャーな書籍です。それでは今回は著者の岡倉天心や「茶の本」の解説書籍について触れていきます。    岡倉天心ってどんな人? 岡倉天心(1863年~1913年)は文人であり思想家であった人物です。芸術や中国の文化における知見があり、国内外で活躍していました。 そして書籍「茶の本」では、お茶を飲む行為を通して東洋の美を学べるというとを記しています。   「岡倉天心『茶の本』を読む」はどんな本? 茶道家の田中仙堂の書籍「岡倉天心『茶の本』を読む」は、天心の「茶の本」を解説する本です。天心の哲学や芸術に対する考えなどに触れながら「茶の本」の内容をわかりやすく解説しています。   「茶の本」は英語で書かれていた? 「茶の本」は当初ニューヨークで出版された本で、全文英語で書かれています。のちに「岡倉天心『茶の本』を読む」の著者、田中仙堂によって「茶の本」が和訳され、日本でも多く読まれるようになりました。    まとめ 岡倉天心の「茶の本」は茶道関連のメジャーな書籍の1つであり、複数の作家が解説本を出しています。また「茶の本」は日本人に向けて書かれた本でなく海外で出されていた本なので、西洋人に向けて茶道がどのように解説されていたかを楽しむことができます。  

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長崎県とお茶の深い関係とは?お歳暮におすすめのギフトもご紹介

By 九州茶々商品部

年末が近づく中、お歳暮に何を送ろうか考え始めている方もおられるのではないでしょうか。 お歳暮のギフトにはお肉、缶詰など色々挙げられますが、お茶のギフトもメジャーです。 さてお茶の産地の1つは長崎県なのですが、長崎は日本のお茶の文化と深い関係を持つ土地なのです。 そこで今回は長崎とお茶にまつわるエピソードをご紹介します。 長崎県はお茶文化発祥の地 日本人がお茶を嗜む文化は長崎県が発祥となっています。 また長崎は日本で初めてお茶が栽培された場所でもあるのです。 鎌倉時代に臨済宗の開祖で京都の建仁寺(けんにんじ)を建てた栄西禅師(明菴栄西)という僧侶がいたのですが、この栄西禅師が1191年、中国からお茶の種子を持ち帰ってきました。 そしてその種子をまいてお茶の栽培を始めたのです。 加えて栄西禅師は日本に喫茶文化を根づかせた人でもあります。 お茶を飲む文化は800年代には既に中国から伝わっていたのですが、一時的に廃れてしまっていました。 そんな中栄西禅師は日本の喫茶文化を復活させたのです。 幕末の長崎県で日本茶輸出貿易がスタート 長崎県はお茶の文化が始まった場所であるとともに、お茶の輸出貿易が始まった土地でもあります。 きっかけを作ったのは大浦慶という長崎の女性商人でした。 彼女はイギリス人商人のオーダーを受け、1856年に日本茶をアメリカに輸出しました。 その取引が日本茶輸出貿易の先駆けとなったのです。 お茶は縁起がいいギフト?九州の結納品にも 九州には結納品としてお茶を贈るならわしがあります。 結納品で贈られるお茶は結納茶と呼ばれます。 お茶はしっかりと根を張る丈夫な植物で、2つの根が移植により1つに固まって優れたお茶を作ります。 これが夫婦二人三脚で家庭を築いていくさまを象徴しています。 またお茶の芽は摘んでも摘んでも繰り返し芽を出します。 その様子を「おめ(芽)で(出)たい」という言葉とかけ、縁起の良い贈り物としてお茶が選ばれているのです。 緑茶と煎茶は違う?...

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